暮・三本シネマ
あまり劇場へ出かける事はないのに、
昨年12月、どういうワケか、
3本も、映画を観に行った。
まったく性格の違う3本だった。
この違いこそ、今のエンタテイメント界の混迷を
現しているように思えた。
友人のFやんに誘われ、日比谷の外国人特派員クラブで
「牛の鈴音」を観たのが、三連発の第1弾だった。
監督はこれが処女作だというイ・チュンニョル。
韓国では、封切り以来、その人気はうなぎのぼり、
空前の300万人という観客動員も、大きな話題となった。
韓国映画は、ここ数年、アクションものは
もの凄いスピードでレベルアップしている。
が、この「牛の鈴音」は、
何とも地味に思えるドキュメンタリーである。
韓国内での人気、撮影開始から3年余をかけた力作とは言え、
淡々としながら、
大きく人の心を揺り動かす力を持つこの映画が、
これほど多くの人に支持された事に興味を持ち、出かけた。
何しろ、外国人特派員クラブの小ホールで上映されたので、
台詞は韓国語。字幕は英語である。
語学力の弱い僕は、
ひどく忙しい思いをしながら観ることになった。
農業を営む年老いた男性とともに40年も生き続けた雄牛の
言うに言われぬ交流。
それに不平不満を皮肉たっぷりにぶつける男の妻。
そこにやって来る新しい雌牛。
いやァ、編集も上手いのだが、これだけの素材を
辛抱強く撮り続けた監督の情熱は、
お手軽なTV番組を垂れ流している
日本のディレクターたちには
決して真似る事はできないだろうなァ。
試写が終わり、観客から監督へさまざまな質問がなされたが、
どれも、通り一遍のものだった。
帰りぎわに、僕は、このキャストは、
どうやって探したのか聞いてみた。
そうすると意外な返答が返ってきた。
始めは、自分の父親と飼っている牛とを
念頭に企画を立てたが、企画が通った時には、
父親は牛を売ってしまい、豚を飼っていた、というのだ。
それから5年かけて、イメージ通りの
キャスティングを見つけたそうだ。
頭が下がる。
そして、その執念に驚かされた。
ドキュメンタリーとは言え、ドラマのようである。
ラストシーンは、胸を震わせる。
まっ、まずは、ぜひ観ていただきたい映画であります。
そして、次に観たのは、「倫敦から来た男」である。
原作者のジョルジュ・シムノンは、
僕の好きな作家のベスト10に入る。
生涯400作を越える作品を書いた多作家である。
「メグレ警部」シリーズはよくご存知かもしれないが、
それ以外のものの方が面白い。
「ストリップ・ティーズ」なんかもうサイコーです。
シムノン原作?これは観に行かねばなるまい。
何しろ、「仕立て屋の恋」の時は、原作と大きく違うストーリーに
巨匠ルコントが変えてしまったのだから。
監督は、ハンガリーが世界に誇る
話題作連発の鬼才タル・べーラだ。
渋谷の[シアター]イメージ・フォーラムに集まった客は20人ほどだった。
モノクロームの映像に、
少ない台詞と音響を主体とし、重く沈み込むような音楽。
野心作と言えば、野心作だろう。
しかし、野心がこれほど見え透いてしまっては、
鬼才の名が泣きはしまいか。
僕が、映像の仕事もするからか、
あざとさばかりが、目に耳につき、うんざりさせられた。
僕は、ジョルジュ・シムノンのあの独特の文学世界を観たかった。
しかも、現代のスピード感覚で、だ。
1980年代なら好評を博したかもしれないが、あまりにテンポが遅い。
カンヌのコンペティション部門用としか思えなかった。
凝り過ぎですよ。
お金を払って観る人にとって、
この仕上げはどうでしょう。タル・べーラさん。
というワケですが、これもまたひとつの
典型という事で、ご覧になる事をお薦めします。
で、暮の30日。最後の一発と思って、
マイケル・ムーア監督の「キャピタリズム」を観た。
さほど大きくない劇場だが、ほぼ満杯の観客だ。
話題づくり、話題提供、話題への乗っかり方は
世界№1かもしれない監督だ。
マイケルは、コロンバイン高校銃乱射事件をテーマにした作品や
米国医療界、製薬界と政界の癒着を暴いた「シッコ」、
同時多発テロとジョージ・W・ブッシュの対応の不誠実さを
描いた「華氏911」と、常に映画ファンのみならず
毎回話題を提供している。
しかし、これって、映画かなァ。
自分が突撃しながら、社会問題を摘発する
スクリーンで観るブログではなかろうか。
もちろん、マイケルの言う事は良くわかる。
I agreeです。
ま、さまざまな誤認ともいうか、
アメリカ人ならではの僕には不思議な解釈も多々あるのですが、
こういう人が出て来る所が
アメリカのエンタテイメント界
(こう言うと、マイケルは怒るかもナ)の懐の深さだろう。
日本では、もっと地味になってしまうがため
(真面目すぎるのかねェ、日本人は)
いいテーマも社会的に問題になりづらいように思う。
この映画は、観ても観なくても、
だいたい誰もが想像するように出来上がっているので、
お好きな方は、どうぞ、という感じですかね。
韓国、ヨーロッパ、アメリカ。
それぞれに大きく映画文化の異なる3本を観た僕は、
大晦日に、久々に、じっくりと紅白歌合戦を見た。
いやァ、終ってますね。
だいたい、「苦しいけど頑張ろうよ」
というような歌ばかり並べられてもサ。
しみじみと年の瀬を越えられませんョ。
心に沁みる歌でいいんです。
頑張れョなどと歌手に言われなくても、
心を動かされるいい歌を聞けば、
誰だって来年も頑張ろうと思うんじゃないですか。
辛いでしょ、苦しいでしょ、でも、頑張ってね。
大きなお世話です。
視聴者は自分で感じ、自分で考える力を持っているのですからね。
NHKさん、実態の無い世間というものに
おもねっていませんか。
一部のプロダクションに頼り過ぎて、
いいように利用されていませんかね。
視聴率は、後からついて来る。
ジャーナリストとして自立する。
それが、ホントの公共性じゃないのかなァ。
歌合戦などというタイトルに固執する事もありません。
優秀なトップは、朝礼暮改です。
君子こそ豹変す、ですョ。
唯一、良心というものを意識している局の自負に
期待して止みません。ハイ。
映画やTV観るのにも疲れるなァ。



