蕎麦打ち
井の頭線高井戸駅から歩いて6~7分くらいだろう。
杉並区の住宅街の中、
高井戸東小学校と道路をへだてた住宅の2階に、この店はある。
名は「休日や」と言う。
土、日、祝日しかオープンしていない。
手打ち蕎麦のあるカフェというのがウリである。
コーヒー、中国茶、抹茶、ソフトドリンク。
季節の和、洋菓子、お茶うけ、蕎麦(もり蕎麦のみ)と
日本酒、焼酎、酒の肴が少々という手頃な店である。
この店を開いたのは、
僕の田舎の瀬戸内海に面した城下町で、
小学校も、中高一貫のA光学園という男子校も一緒であった
M君である。
M君は京都大学哲学科を出て、児童図書の老舗F音館書店で、
「かがくのえほん」という新しいジャンルに大いに貢献した。
温厚かつ知的な人柄で、高校を出てからは
これといった付き合いもなかったが、
僕が、このA光学園の関東地区同期会幹事を
やっている事もあり、また、旧交は復活した。
そのうち、いつ頃だったか、
僕の所に訪ねて来て
「最近の子供たちは、かつての絵本とは違う、
シャープな表現に反応が大きい。
現役の広告表現をやっているトップクラスの人たちで、
ギャラは安いが、
絵本を面白がってやってくれる人はいないだろうか」
と相談された。
僕は、この人ならやってくれるのではないかという人を紹介し、
心良く了承してもらい、
M君の願いがかなった事もあった。
そのM君から、昨晩秋に、
自宅を改造して、小さなカフェを開いたと知らせがあった。
年が明けて、少し落ち着いた頃、
M君に電話して、そのカフェに出かけた。
「休日や」は、自宅の2階をすべて改造し、
瀟洒なつくりになっていた。
「おシャレに出来ているけど、建築家に頼んだの」
「いや、もともと木工が趣味だったので、
工務店と相談しながら自分でやったんだョ」
「大変だったろう」
「夏から始めてほぼ3ヶ月かかったョ。いやァ、ホント、疲れた。
でも、もともと好きだったから、さほどでもなかったョ」
「でも、会社に残れば、役員という事もあっただろう」
「いや、そこなんだョ。クリエイティブな事をやって来て、
いきなり経営とか人事とかという事と関わりつつ、
残された人生を費したくなかったんだ。
君も、そうだけど、どれくらい続けるつもりなの」
さすが、痛い所に切り込んで来る。
「いや、僕ももう3~4年と思っているけど、
やり残している事があるんだ。40年この仕事をやって来て、
どうすれば、ちょっと大げさだけど、
恩返しができるかと思い、考えている。
それが終れば、晴れて自由の身を謳歌しようと思っている」
「そうだよナ。僕も同じ心境でこのカフェを始めたんだ。
想いは、もう数年前からあったんだけどね」
「蕎麦打ちは、いつ頃から始めたの」
「いや、もともと木工が前から趣味だったので、
20年ほど前から、木工をきちんと習いに行ったんだ。
そしたら、木工の同好の士の中に蕎麦打ちも
趣味とする人がいて、いつも蕎麦を打って食べさせてくれる。
これが美味しいんだ。それで、僕も彼に習って始めたというワケ」
「縁のようなものを感じるね」
「うん、僕たちの田舎ではまずうどんじゃない。
子供の頃は、うどん屋はあっても、そば屋はなかったよね。
それで蕎麦を打ち始めてね、
納得のいくように打てた時は、実に快感さえ覚えるんだ。
ところが、10年程前に、蕎麦打ちブームが起きた時は、
何だか流行りもののようでちょっと恥ずかしかったけどサ」
M君らしい言葉だ。
流れに流されず、自分を貫いている人ならではだろう。
自慢でなく恥じる。
この感覚こそノーマルだと思うが、昨今の方々は、いかがか。
僕は抹茶と和菓子をいただいた。
とても、ほのぼのとした味だった。
各テーブルにはM君手製の小さな囲炉裏が切ってあり、
炭火がほのかな暖をつくっている。
何やかんやと昔話から、これからの話をしているうちに、
時間はあっという間に過ぎていった。
「ところで、僕の蕎麦を食べていってよ。
白い丸抜きか黒い殻ごと挽いたものがあるけどどっちがいい」
「じゃあ、丸抜きを」
白い陶器の器に、きれいに茹でられた蕎麦が乗っている。
蕎麦味噌も実に美味い。玄人肌である。
「どうして陶器なの?」
(何だか不思議ですが、マッチしてます)
「う~ん、あの笊が好きじゃないんだ」
器の底は、蕎麦がくっつかないように山型の筋が並んでいる。
車で行ったので、残念ながらアルコールは止めにして、
蕎麦を食べた後、彼の仕事場である
蕎麦打ちの部屋も見せてもらって、「休日や」を後にした。
「休日や」のおかげで、久々にゆったりとした
休日を味わえた。この時間こそ、「休日や」のなによりの
ご馳走なのではなかろうか。
あ~ァ。
M君は、もう始めてしまった。
僕は、どうするのか。
(おやじバンド、レンタル農園、図書館居座り…どれもなァ)
志の如くのセカンドライフを創れるのか。
帰路、環八を車で走りながら、
ふと心細くなってしまった。
なんだか、いつも取り残されている人生のような
気がするが、被害妄想だろうか。
しかし、同級生たちは、みんな、難しい年齢に来たもんだ。
◎「休日や」
土、日、祝日営業 am11:00~pm8:00
東京都杉並区高井戸東2-22-28
Tel. 03-3303-8501
http://www.qjitsuya.com/
お近くの方は、ぜひ一度訪ねてみてください。




Comments
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Posted by: samuel | February 4, 2010 09:11 PM