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華の会

東京は初雪。しかも、かなりな降りっぷりでした。
例年の如く、放送記念日、2月1日開催の華の会は、
この悪天候の中、出席予定の14名、
全員顔を揃え賑やかに行われた。

hananokai.JPG
この華の会は、2003年、日本のTV放送50年を記念して、
NHKが行ったTV50年記念事業に
携わった人たちの同窓会である。
その事業の目玉であった送記念日特別番組の制作及び
パブリシティ活動に一丸となって取り組んだチームメンバーである。
僕以外は、員NHKの職員及び常駐する人たちであった。
番組制作だけであれば、
僕は参加していなかっただろう。
ところが、パブリシティ活動、キャンペーン活動を
やるということになったのである。
番組制作については、彼らはプロ中のプロである。
50年記念事務局長となったS磨氏も
Nスペシャルではかなりクオリティのい番組を
創って来た歴史がある。
(見かけはナンパだが、中味はナカナカの硬骨漢です)
このS氏とは、彼の番組のポスター作り等で、
かなり長い付き合いがあった。
彼が星放送の部長時代には、BS1の番組委員会にも
喚ばれ出席していた。
そのメンバーには、宇飛行士の毛利さん、
日本生命館館長の中村さん、作家の佐木隆三さん、猪瀬直樹など、
S磨氏ならではの異才の顔ぶれは、
かなり、面白い意見交換の場であった。
そんなこんなのき合いからS磨氏は、
TV50年事務局長としてPR、キャンペーンのディレクターに
僕をんだのだろう。

このTV50年記念テレビ新時代事務局は、
当時エグゼクティブロデューサーとして、
実に優れた仕事をしていた
K氏、K氏、O氏他
編成局からもK井氏、I倉氏他、強者が集まった
リベラルかつ有能な集団であった。
約2年ほど、このグループと付き合いながら
おぼろにわかってきたNHKの企業化の背骨は
公共性という事であった。
キャンペーンの最終ゴールは、
2月1日放送記念日に、24時間ぶっ通しで放送する
テレソン特別番組放送であった。
そのゴールに向け、TV50年の歴史の中で
NHKがして来た役割を
改めて認知してもらうというのが、
ブリシティのンセプトとなった。
キャラクターは、かの<ひょっこりひょうたん島>の
主人公ドン・ガバチョ氏のCG版に決定。
それぞれの思惑を乗り越えつつ、
NHKスタイルのキャンペーンはき出した。
(いやァ、一般企業とはまったく違う文化の中での仕事は、
大変ではありましたが、一方、とても面白いものでもありました)

すべてをけ止めるキーフレーズとして、
「そこに、NHK」。先日の報道で建て替えが発表された
放送会館に<TV50>のライト字を浮かび上がらせるため、
12月末にテストライトを実行。
大晦日に、窓にいビニールを貼りまくったO橋氏、H野嬢、
さらにS磨氏と僕の4人で初台のホテルの最上階ラウンジから
その成果をかめ合った。言いだしっぺの僕は
感動しつつホッとした。そして、TV50のライト文字は、
このテストを経て、2月1日放送記日にも成功裡に
渋谷の街の話題をさらい、
朝日新聞の一面をるという成果も挙げることができた。
また、テレソンは24時間番組である。ナマである。
その間、時報は入れなければならない。
編成局長のO田氏やEDのK原氏は、5年は命を縮めたに違いない。
そして、司会を務めたM宅アナは、
今やNHKの看板アナである。
独特のキャラクターで、しいNHKアナの領域を広げた人である。

そうしたメンバーが、あの日2月1日をいつまでも、
という気持で、その当日にまるのが華の会である。
今年で8回目。これほど続けられたのも、
ひとえに幹事役のK井氏のおかげである。
声が大きく強引ではあるが、どこやら憎めない人柄で、
あの頃、事務担当としては最適の人物が、
今度は最高の幹事となって、
毎年、集合命令を出してくれる。

継続はですナ。
僕も、2つほど幹事をやっているが、継続に何よりも心を砕く。
K井幹事の心境がよくわかる。
この8年間、会が続いた間に、NHKは大きく揺れ、変化し、
皆、部署をったり、会社をえたものもいる。
でも、集ってくる。

やっぱり、あの事業は、
大変だったんだなァ、と、今更思う。
その大変な事を為し遂げた達成感が、
こうして、何年も集まるのモチベーションを
創っているのではないだろうか。
あの時は、、少しカリカリしつつも、平然として
各々の持ち場でフルには働いていた。
でも、やっぱり、それぞれはツかったのだろう。
その証拠に、その頃の事を話す時、
誰もが遠いを見るような眼をして語り始める。
S磨氏もK井氏も途中で一度病の床に着いた。
キャラは違っても、役職は異なれど、二人とも
人一倍デリケートな男ならではの反応であった。

こうして、ひとつの仕事を一丸となって
達成した者たちが、年に一度、その日に集まる会の幸せ。

まさに、それが、なのだろう。

M宅さんの笑顔は、いつ見ても、心を和ませてくれる。

今、流行の癒しではないみである。
ここに、上下ではない、横一線の安らぎがある。

日本は、NHKは、この一線のやすらぎを忘れてはなるまい。
逆風厳しい放送業界の中だからこそ、
この一点を忘れないでいて欲しい。
背骨に公共性を背負う気概がある限り、
やがて、の吹く日も来るだろう。

の来ないはない。
元気な限り、この会が続く限り、
出席しけようと思いつつ店の外へ出ると、
東京は、まっ白に雪に包まれていた。

初雪をむ、キュッキュッという靴音を聞きながら、
改めて、初心に戻らねば、と
僕の心はめられた。

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